インシテミル/米澤穂信 2007


インシテミル

【続きネタバレがありますので自己責任で】

結城理久彦は、車がほしかった。須和名祥子は、「滞って」いた。
オカネが欲しいふたりは、時給11万2000円也の怪しげな実験モニターに応募。こうして集まった12人の被験者たちは、館の地階に7日間、閉じ込められることに。
さて。あとはご想像どおりミステリーの定法に則って、ひとり、またひとりと謎の死を遂げていくわけです、が……。


細かく書くとネタバレなんであっさり書くと『今』のミステリだな、と。
かつて新本格初期に『十角館の殺人』があり、高見広春の『バトルロワイアル』があり、そして『CUBE』や『LOST』があった末の....現在の、ある種煮詰まったミステリシーンの中で、新手では無くプリミティブな『要素』をテクスチャーのように組み合わせた....岡崎京子的な、グレンラガン的な『既視感』の漂う、それでいて新しい作品。
兎も角、面白い。


まぁ、ある種の実験施設で殺し合いが行われそうな極限状況ってのは普通にクローズドサークル状況でもあるし、映画『es』でも描かれた監獄実験がイメージソースでしょう。

クローズドサークルの連続殺人って言うと大体が密室か、ミッシングリンクか、見立て殺人だったりして。お互いを見知ってるとか言うくだりはミッシングリンクへのレッドへリングなんでしょう。実際は大した意味は無かった訳ですが。

例えば導入部の応募者の『だから応募した』って文章が10人分しか無いってのもレッドへリングだったり。赤鰊が一杯。

んで凶器のすり替え。
12人に13個の凶器。
これは結構誰でも思いついてしまうんじゃないかなーって感じがして、すり替えられそうな凶器は関水の『ニコチン』しか(早い段階で出て来た凶器の中では....とはいえ後半で出て来るわけないからニコチンで確定だよなー、とか思いつつ読んでたんだけども)考えつかない。
あのタイプライターのくだりは(メモランダムの偽造を連想させて)凶器のすり替えを確定させちゃったんで、犯人当てミステリ、としては『あっ?!』と驚くものでは無く、最後まで読ませる種類のものだったな、と。
でも最後までどっぷりと物語で読ませるにはゲーム的にキャラが薄いので(わざとそうなってるんだけども)それが逆に作用してて終盤が惜しいなってのはあった。

まぁあの探偵像とか、須和名のキャラとかいかにもこれまでの米澤穂信っぽいキャラが色々と出て来たりもするのだけども、この未だかつて無い荒んだ『閉鎖空間』ではちょっと上手く描けてなかったのかも知れないなぁ、とか思う部分もある。
でも須和名に筆を裂くと森博嗣になっちゃうんだよなぁ....。
とは言え冒頭の辺で結構上手くキャラ分けを確定させようと努力してるのが散見出来たりもして。12人もいるんだから典型的な『ジャイアン』『スネ夫』『しずか』キャラが居たり、後は外観と年齢で書き分けるしかないものなぁ。
そー言う意味では、キャプ翼より全然巧いし気を遣ってる。

バックの『機構』とかね、そんなバックボーンはどうでも宜しい。
金はどうやって用意したのかとか、殺人はどうやって隠蔽したのかとかそんな事もどうでも良い。
人を殺してまでお金を用意しなきゃいけなかった借金をどうして作ったかとかね、それを語ったら土曜ワイド劇場だもの。
そんな無粋な『作品の外』をばっさり書いてないのは潔いし、正しい。
ゾンビ映画で『何故ゾンビが発生したのか』なんて描かなくても充分面白いのに類似する。ジェイソンやレザーフェイスが人を殺すのに理由なんて必要無い。
それを描いた途端に超越的な『殺人鬼』は堕落する。

ま、とにもかくにも面白かったんで良かったんじゃなかろうか。
『歴史に残る』って作品では無いけども、眠れない夜に読むには丁度良い感じの。
悪意はあるけど血肉の無いような。