ELEPHANT/2003米


別にグレてる訳じゃないんだ
ただ、このままじゃいけないって事に気付いただけさ
そしてナイフを持って立ってた
そしてナイフを持って立ってた
そしてナイフを持って立ってた

ザ・ブルーハーツ「少年の詩」

静かな映画。
無駄に多く語らず、ただ日常を切り取ったような光景。風景。
その中の生きる人々の姿。
過度な音楽が流れる事も無く、風の音と静寂が漂う。
この作品では、色々なメッセージを登場人物の台詞として言わせるのでは無く、画面の切り取り方や視点として現している。
暗喩的に、切り取られたショットに込められた言葉。
だからこそ登場人物は不自然に語る事は無い。
この映画で登場人物の台詞を決めずに(重要なキーワードだけを決めて)役者のアドリブで全編撮られたのも納得出来る。
言いたい事は必ずしも言葉にする必要は無い。
観客に伝われば、感じさせればそれでいい。
しかしセリフで語られなければ理解出来ない観客なら冗長にしか感じない。


絵画に字は描かれていない。
でもそこには語られる言葉があるし、伝わる意味もイメージもある。
画の横に張ってある解説なんて読む必要は無い。
画は画だけで充分完結しているし、解説なんて補足情報でしかない。


時折映る、切り取られた空。
そこに学生の声が聞こえる。
一見長閑なショットだがそこには暗喩的な悪意が見える。
学校と言う閉鎖された空間から見える空は、自由への憧憬を表現し、だからこそミッシェルは空を見上げる。
「誰か俺をこの檻から出してくれ」とかつて松本大洋は自分の作品で壁の落書きに書いたが*1
いじめられる対象のアレックスとエリック、そして集団に馴染めないミッシェルにはその切り取られた空が学校と言う逃れられない「死にたくなるような現状」からの自由をイメージさせる風景に見えたのかも知れない。
しかしその空を見ていても、学生たちの声が聞こえる。
聞きたくも無い、同じ学校の生徒の声が。
いくら空を眺めても、そこからは逃れられない。


カメラが写すそのフォーカス、そして切り取られた空間。
例えば学内で歩く生徒の視点では隣を歩く友達やすれ違う興味のある異性にはフォーカスが当たっていても、関連の無い人物にはフォーカスが当たらずぼやけたまま。
学校の壁にフォーカスが当たる事も殆ど無い。
ジョンに父親が走りよって来るシーンではきちんと父親にもフォーカスが当たる、と言ったような描写でもそのカメラの中心に捉えられた人物の意識の「世界の認識」がどちらに向けられているか、がフォーカスによって表現されている。
主体が意識して視る対象にはフォーカスをあて、ただ視界の中で見る対象にはフォーカスをあてない。


ジョンと写真部のイーライが廊下ですれ違うシーンはこの映画の中で繰り返し三回描かれる。
一つはジョンの視点から。もう一つはイーライの視点から。
最後の三つ目はその二人の横を走り抜けるミシェルの視点から。
ジョンとイーライの視点ではお互いにお互いを認識しフォーカスもきちんと当たる。
しかしその横を通り過ぎるミシェルは二人に興味が無く意識も向かない、
だから二人にフォーカスが当たる事は無い、と言った具合に表現されている。


アレックスの部屋で、アレックスはピアノを弾き、エリックはノートPCでDOOM風のシューティングを遊んでいるシーンがある。
カメラはぐるぐると部屋の中を回り、その世界では何も変わらず滞留し、
しかしその部屋の壁や置いてある家具屋全てにフォーカスがきちんと当たる。
それはつまりあの部屋こそが彼ら二人にとってのモラトリアムであり世界だったからだろう。
隔離されたその空間こそが、フォーカスを当てる価値すらない外の世界とは違う。
ピアノ曲が流れ、相反するようにPC画面の虚構の世界で銃を発射し、滑稽な死に方をした犠牲者の足が林の様に並ぶ。
テレビではかつての独裁者の演説が流れ、しかし彼らはその思想をトレースするでも無く、ただスタイルのみを真似る。
ユダヤ人を大虐殺した独裁者のスタイル。
目的は無く、ただ手段を正当化する為のスタイル。
先の無い虐殺ゴッコ。
そして二人は銃を持って学校に入って行く。


ばん、ばん。あっさりと死んで行く生徒たち。
そこに苦しむ様子は一切無い。
まるでコンピューターゲームのように。
撃たれれば死ぬ。それだけ。
人の死に意味は無い。
撃ち殺される少年や少女の死は無機質に淡々と描かれる。
カリカチュアライズされた大量死、壊される世界。
虐殺をする少年たちはその対象に何の興味も無い。
ばん、ばん。
世界を壊すために。
全てを終わらせるために。



銃声が鳴り止み、
最後に映る青く暗い空、流れる雲。
それは引き返す事の無い、元に戻る事の無い時間、
世界が変わろうとも変わる事の無い、すっかり変わってしまった世界、
その空にはもう学生たちの声は聞こえない。
ただ鳥の声だけが聞こえる。


「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」や「ミルク」のガス・ヴァン・サントの名作。

*1:松本大洋短編集「青い春」内の短編「しあわせなら手をたたこう」の学校の壁に書かれた言葉