悲夢/2008 韓国

昔者荘周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也
自喩適志与。不知周也。俄然覚、則蘧蘧然周也
不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与
周与胡蝶、則必有分矣。此之謂物化

*ネタバレあります

オダギリジョー主演、キム・ギドク監督作品。
ギドク作品って毎回メタファーでの宗教色が強くて、その辺りが観る人間に対して不親切な部分になっていたりする。

「うつせみ」の時に胡蝶の夢を引用したんだけど、今回のテーマはモロに「胡蝶の夢」で、当然内容も「うつせみ」に似ている。
別れた彼女の夢を見る男、ジン(オダギリジョー)。
そして夢遊病の症状を持つラン(イ・ナヨン)。
ジンが夢を見ると、ランは夢遊病のままジンの夢の通りに行動してしまう。
ジンが愛しい元彼女との夢を観ると、ランは捨てた元彼のところへ行ってしまう。
夢の中でもいいから会いたいと思うジンと、無意識ですら会いたくないと思うラン。
表裏一体、陰と陽。
ジンにとっての幸せな夢は、ランにとって悪夢でしかない。


この映画を観て最初に違和感を覚えるのはオダギリジョーが日本語で喋っている部分だと思う。
他の登場人物は全て韓国語なのにオダギリジョーだけは日本語で、しかも通訳を使う事無く通じる。
まるで映画の中では韓国語を話しているかのように。観ている人間にだけ翻訳されて聴こえて来るかのように。
インタビューから引用すると、

監督:「夢」というのは通訳が要らない気がしたんです。実際、夢の中だと外国人とも話せてしまいませんか?
だから夢というものは時間も空間も超えられると。
言葉というのは人が創ったものだから規則もありますので、現実では通じないけど夢の中だったら自由なんじゃないかな?というのが考えにありました。だから、自分が意識さえすればどんな言葉でも話せるし、どんな人とも通じ合えますよね。
http://www.hollywood-ch.com/special/09020501.html?cut_page=1&sep_page=1

だとすればこの映画にとっての「夢」とは一体どの部分を指すのだろう。
ジンは終始日本語を話すし、それは通じる。
ならこの映画は終始「夢」だと言う事になる。

ところで、荘周である私が夢の中で胡蝶となったのか、
自分は実は胡蝶であって、いま夢を見て荘周となっているのか、
いずれが本当か私にはわからない。

胡蝶の夢にあるように「夢」はどちらでもあって、どちらでもなく、どちらでもあり得る。
うつし世はゆめ、よるの夢こそまこと*1といったところか。
色即是空空即是色と言った仏教的思想が見て取れる部分だと思う。
映画的にみれば「映画の中の物語(フィクション)とは全て夢のようなものだ」という主張としてもとれる。


幾つかウェブの感想を読んでみたんだが一切触れられていない象徴的なシーンがある。
車に乗ったジンの元彼女とランの元彼。
二人は今付き合っている。
車の中で二人は交わるが、やがて嫉妬が原因で言い争いになる。
それを二人の真後ろに立って見ているジンとラン。
いつの間にかジンとランが変わって言い争いを始め、お互いに相手を入れ替え言い争いをする。
白黒は同色。
白と黒はジンとランの事でもあるが、ジンと元彼女の事でもあるし、ランと元彼氏の事でもある。
黒と白は同じ色だと言う。
それは愛と憎悪が同じ精神の現れだとも言える。
ここで愛→憎悪の置換が行われ、それまで憎み合っていたランとジンが惹かれ合うようになり、夢の中での行動も愛から嫉妬→憎悪に変化する。
だから夢の中で元彼女の事を想い、訪れキスをし、交わる夢を見ていたのに、一転して殺害に及ぶ。


そしてランは精神病院に収容される。
目の前で殺人が行われ異常をきたしたジンの元彼女と同じ部屋に。
眠る事を拒否し、精神に異常を来しそうなジン。
殺したのはランだが、罪を犯したのはジン。鉄格子を挟んで向かい合う二人の姿はどちらが罪人か。
眠りを取り落ち着いた様子で鉄格子に捕われたランと、罪の意識に苛まれ眠る事を拒否し今にも崩れ落ちそうなジンと。
二人が向かい合い話すシーンは教会の告解室のようにも見える。
「死んだら夢も無くなるね。死ぬのと寝るのとは違う」
そしてジンは橋から落ちる。
死ぬ間際に見る夢は罪を悔いて自ら首をくくる夢。
そしてランは蝶になる。
夢と現実の境界は曖昧で、死を境にして虚構と現実は同一になる。
死ぬ間際に見える、固く結ばれた手と手。
それは二人の繋がりが現実や幻や、夢や虚構を越えたところで一つに結び合った象徴に見えた。

夢をめぐる恋愛悲劇「愛の限界、描きたかった」


関連記事:ギドク作品感想(「弓」のみYahoo!Movie)
【弓】http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id324996/rid52/p0/s0/c0/
サマリアhttp://d.hatena.ne.jp/madara69/20090518/p3
【うつせみ】http://d.hatena.ne.jp/madara69/20090515/p5
【絶対の愛】http://d.hatena.ne.jp/madara69/20090517/p3

*1:江戸川乱歩が好んでいた言葉